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東京地方裁判所 昭和49年(レ)57号 判決

控訴人 原徳次

右訴訟代理人弁護士 古関三郎

被控訴人 町田孝一

右訴訟代理人弁護士 平原昭亮

同 石川良雄

同 外川久徳

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は原判決添付物件目録記載の土地(以下、本件土地という)について、控訴人のため東京都知事に対し、農地法五条一項三号による宅地転用の届出をせよ。

3  被控訴人は前項の届出が受理されたときは、控訴人から金一万四、六九二円の支払を受けるのと引換に、控訴人に対し、本件土地について昭和三七年一〇月売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因(控訴人)

(一)  控訴人はもと本件土地を所有していたが、右土地は自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)に基づき、国によって買収され、昭和二二年一〇月二日同法一六条一項に基づき、国から町田亀一に売渡され、同二五年五月八日その旨の登記が経由された。

(二)  控訴人と町田亀一は、昭和二三年七月一日本件土地について、次のとおり売買の予約をした。

1 町田亀一は控訴人が将来本件土地に居住するときは、右土地を控訴人に返還する。

2 控訴人は町田亀一に対し、同人が右土地を買受けるために支出した買受代金その他の費用を弁償する。

3 控訴人は町田亀一に対し、本件土地の返還を受ける六か月以前にその旨を通知し、本件土地の耕作物に関し支障がないようにする。

(三)  控訴人はその後本件土地に居住したいと考え、昭和三七年一〇月ころ町田亀一に対し、右予約完結の意思表示をしたので、同日をもって右土地の売買契約が成立した。

(四)  町田亀一は、昭和三八年四月二六日本件土地につき昭和三八年四月二六日被控訴人に対し贈与による所有権移転登記をした。

(五)  被控訴人は昭和四六年二月二八日町田亀一の死亡により、同人の相続人として、本件土地についての同人の権利義務一切を承継した。なお、仮りに町田亀一の相続人が被控訴人主張のとおり、被控訴人ほか九名であるとしても、本件土地は被控訴人の単独所有名義となっているのであるから、本件土地についての被控訴人の債務は不可分債務であるというべきである。

よって、控訴人は被控訴人に対し、前記売買契約に基づき、現在市街化区域内にある農地である本件土地について、控訴人のため東京都知事に対し、農地法五条一項三号による宅地転用の届出をなすことを求めるとともに、右届出が受理されたときは、控訴人から右土地の買受代金及びこれに対する利息合計一、七六七円、右土地の買収に関して国から控訴人に支払われた農地被買収者給付金及びこれに対する利息合計九、九二五円及び右土地の買受費用金三、〇〇〇円、以上合計金一万四、六九二円の支払を受けるのと引換に、右土地について前記売買を原因とする所有権移転登記手続をなすことを求める。

二  請求原因に対する認否(被控訴人)

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)及び(三)の事実は知らない。

(三)  同(四)の事実は認める。

(四)  同(五)の事実は争う。町田亀一の相続人は、同人の妻である町田サダと、子である橋本喜代子、被控訴人、川端文子、森岡愛子、町田彰、町田寛康、町田重男、町田正利、町田公子の一〇名であり、本件土地に関する権利義務については、右一〇名が共同で承継したものである。

(五)  同(六)の事実は争う。

三  抗弁(被控訴人)

(一)  仮りに控訴人主張の売買の予約が成立したとしても、

1 自創法によって創設された自作地は、同法二八条によってその譲渡を禁じられているところ、右売買の予約は、同法条を潜脱して創設自作地を譲渡の対象としたものであるから、無効である。

2 町田亀一は、控訴人が本件土地の所有権を有するものと誤信して右売買の予約をなしたものであるから、右契約は要素に錯誤があり、無効である。

3 本件土地は農地であるから、その所有権を移転するためには、農地法により知事の許可を必要とするが、本件売買の予約においては、右許可を条件とすることなく本件土地の所有権を移転することが約されているので、右契約は同法に違反し、無効である。

4 本件売買の予約においては、予約完結権行使の六か月前に通知すべき旨定められているので、右予約完結権は売買の予約が成立した日から六か月を経過した昭和二四年一月二日よりこれを行使しうることとなる。従って右予約完結権は、同日より一〇年を経過した昭和三四年一月二日をもって時効により消滅したものというべきであるから、被控訴人は右時効を援用する。

(二)  仮りに右予約完結権の行使によって、昭和三七年一〇月に本件土地の売買契約が成立したとしても、

1 控訴人は農業経営者ではないから、農地である本件土地の売買契約につき、知事の許可を受けることはできない。従って、右売買契約は農地法に違反し、無効である。

2 被控訴人は右売買契約の成立後である昭和三八年四月二六日、町田亀一から本件土地の贈与を受け、同年五月一六日東京法務局八王子支局受付第九〇三九号をもって所有権移転登記を経由した。従って、控訴人は被控訴人に対し、所有権の取得を対抗することができない。

四  抗弁に対する認否(控訴人)

(一)  抗弁(一)1の事実は否認する。本件売買予約が成立した当時の自創法二八条によれば、確かに創設自作地の譲渡は禁じられていたが、右売買予約の趣旨は、自創法二八条の効力がある契約締結時においては、創設自作地である本件土地を控訴人に譲渡することはできないが、将来右土地の譲渡が法律上可能となり、かつ、控訴人が右土地に居住しようとするときには、右土地を控訴人に譲渡するということであったのであるから、右売買の予約は何ら自創法に違反するものではない。本件土地は現在市街化区域内にあり、周辺は宅地化しているのであるから、本件売買契約の履行は、自創法二八条ないし民法九〇条に違反するとはいえない。

(二)  同(一)2の事実は否認する。

(三)  同(一)3の事実は否認する。本件売買予約がなされた当時、農地の転用、権利移転等について知事の許可が必要であったことは、契約当事者双方が熟知しており、右売買予約は右許可を条件としてなされたものである。

(四)  同(一)4の事実は争う。本件予約完結権の行使は、控訴人が本件土地に居住する旨を通知することを前提としたものであるから、右権利の消滅時効は、控訴人が町田亀一に対して右通知をなした昭和三七年一〇月以後その進行を開始するものと解すべきである。仮りにそうでないとしても、右予約完結権の行使は、昭和二七年一〇月一日に自創法が廃止されるまで、同法二八条によって妨げられていたのであるから、右権利の消滅時効は同日以後その進行を開始するものと解すべきである。また、仮りに右権利が時効によって消滅したとしても、町田亀一は昭和三七年一〇月控訴人に対し、本件売買の予約に基づく債務を承認したのであるから、被控訴人は右消滅時効を援用することができない。

(五)  同(二)1の事実は争う。控訴人が現在非農家であるということは、知事が農地法所定の許可を与えるか否かについての一判断事由となりうるとしても、本件売買契約の効力には何ら関係のないことがらである。

(六)  同(二)2のうち、被控訴人主張の登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。なお、仮りに被控訴人主張の贈与が認められたとしても、右贈与は町田亀一と被控訴人が控訴人に対して本件契約の履行請求を断念させるために、通謀してなしたものであるのみならず、被控訴人は町田亀一の相続人として、本件土地に関する権利義務を承継したものにすぎないから、民法一七七条にいう第三者には該当しない。また、被控訴人は控訴人と町田亀一との本件土地に関する契約について熟知しながら、返還義務を免れるため町田亀一から本件土地の贈与を受け、その旨の移転登記を経由したものであるから、不動産登記法五条にいう登記の欠缺を主張しえない者に該当する。

第三当審における新しい証拠≪省略≫

理由

一  控訴人がもと本件土地を所有していたこと、右土地が自創法に基づき国によって買収され、昭和二二年一〇月二日同法一六条一項に基づき、国から町田亀一に売り渡されたことは当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和二三年七月一日町田亀一との間で、控訴人が本件土地に居住する際は、六か月以前に通知し、かつ、町田亀一が国から右土地を買受けた際の買受代金及び費用を弁償して、同人より右土地の返還を受ける旨の契約を締結したことを認めることができる。

三  ところで、自創法二八条によれば、同法一六条一項による農地の売渡を受けた者またはその相続人(同法二八条には「またはその者から当該農地の所有権を承継した者」と規定されているが、右承継人が相続人を意味することは、同法施行令二二条より明らかである)が自作をやめようとするときは、政府は、その者から右農地を買取ったうえ、改めて自作農として農業に精進する見込のある者に売渡さなければならない旨定められている。右の規定は、自創法によって創設された自作地の処分をその所有者に委ねると、その所有権を他に移転するなどして、容易に小作地化するおそれがあるので、自作農を急速かつ広汎に創設し、農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るという同法の目的を達成するため、創設自作地の所有者が右土地を任意に処分することを禁じ、その者が自作をやめようとするときは、政府が右土地を買取るべき旨を定めたものである。

そして、同法が右述のとおり、自作農を急速かつ広汎に創設することを目的とするものであること、同法二八条は、同法一六条一項の規定による農地の売渡を受けた者が自作をやめようとする場合、政府が右の者に買取の申入をすることを義務づけており、政府が右の者の任意の処分行為を承認する方途はまったく閉ざされていること、同法二八条及びこれを受けた同法施行令二二条は、政府が先買権を行使する相手方として、同法一六条一項の売渡を受けた者またはその相続人のみを掲げており、右の者から相続以外の方法によって所有権または占有権を取得した者は、政府による先買権の相手方とされていないことからすると、同法二八条は、同法一六条一項によって創設された自作地について、売買、賃貸借等、自作の継続を妨げる一切の処分行為の効力を否定する趣旨の強行法規であると解するのが相当である。

この観点から前記契約の効力について考えると、右契約は、自創法により農地の売渡を受けた者の自作の継続を危うくするものであり、自創法二八条によってその効力を否定されるべき処分行為に該当するものというべきである。従って、右契約は、強行法規である自創法二八条に違反し、無効であるといわざるをえない。

もっとも控訴人は、右契約の趣旨は、本件土地の譲渡が法律上可能となった後、右土地の譲渡を受けるということであったから、右契約は自創法に違反するものではないと主張し、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果のうちには、右主張にそうように見える部分がある。しかし、控訴人の右供述内容は必しも明確ではなく、しかも≪証拠省略≫によれば、控訴人と町田亀一との間で右契約がなされた際に取交わされた契約書の中には、何ら自創法に関する記載がなく、また当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は右契約締結後町田亀一に対し、本件土地の返還交渉をなしているが、右交渉は自創法の廃止を特に顧慮することなく、その前あるいはその後において漫然となされていることが認められ、これらの事実と対比すれば、控訴人の右供述部分はたやすく措信し難く、他に控訴人の右主張を裏付ける証拠は何もない。

従って、右契約は無効なものというべきであるから、控訴人の請求は、爾余の点につき更に立入って判断するまでもなく、理由がない。

四  以上のとおり、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきところ、これと同趣旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田耕三 裁判官 海保寛 園尾隆司)

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